実験会
2024年春より、公募により決定した8 名の参加者と共に「鑑賞をつくる・策を練る」イベントを開催してきました。
各イベントを、一人の参加者の担当する《実験会》と名付け、「展示」や「公演」などのいわゆる鑑賞の場の枠組みを少しゆるめた場として設定し、来場者が会場に到着する前にはじまり、来場・鑑賞して、帰るまでの鑑賞体験全体について検討し、試み、意見交換を行う機会としています。
2024年4月 実験会01
佃七緒(陶芸・現代美術)
「包まれたものを包む空間をつくる」
初回は企画者の佃が担当し、佃の過去のプロジェクトにて他者に「包んでもらったものたち」を、今回は参加者3人ずつのグループで「鑑賞する一連の流れを想定して展示してみる」という、ワークショップ形式での実験会を行った。
「包まれたもの」をさらに素材を加えて包み、鑑賞者に「解く」工程から体験させる空間や、鑑賞者に一人ずつ作品を提供する補助者がいる空間など、様々な試みと意見交換がなされた。
2024 年4月 実験会02
和田ながら(演劇)
「台座の練習」
ゲスト:諏訪七海(俳優)
演劇の分野にて演出を行う和田が、俳優の諏訪七海と共に、企画者・佃の陶作品などを用いて「人が作品の台座となることは可能か」を実験した。
鑑賞は、「台座役」と「鑑賞者」が1名ずつ、1対1で個室にて行われた。「台座役」は、オブジェクトを手や身体などで支えたり動かしたりする役割を担い、「鑑賞者」はその様子を眺める。
その個室内の様子を他者は観る・知ることはできず、「鑑賞者」は次の「台座役」を引き継ぎ、新たに訪れる「鑑賞者」に行為のリレーを行う。
台座になる際のインストラクションは「鑑賞者のために台座になるのではなく、自分がよりよい鑑賞をするための什器になること」であり、鑑賞者が「他者の目線での鑑賞」と「自身の身体を使った鑑賞」の両方を体験することを試みている。
2024年5月 実験会03
浅倉由輝(漆工)
「うるしを愛でる うるしを眺める」
ゲスト:OAC自然農法庭部のみなさま
本実験会では、植物や庭への関心の高い地域の方々とともに、作品を通して光と共に変化する「漆」という素材を様々な種類の光や鑑賞方法で体験した。
鑑賞後には、作家による漆に関するレクチャーと、参加者でのディスカッションを行い、展示の工夫や鑑賞体験についての検討を行った。
浅倉の作品には、手に取って光の角度を変えながら観ることを推奨する作品や、陰影を取り込んだ作品など、一定の光だけでは鑑賞しきれない作品が多いため、今回は施設内の様々なスペースを使うことで、作品を取り巻く光の状況と、作品を観る鑑賞者の距離を調整して鑑賞空間を構成した。
(写真下)浅倉所有の顕微鏡で、風防ガラスに塗布された様々な漆の質感を、窓からの太陽光で観察することのできるスペース。
2024年6月 実験会04
山田沙奈恵(現代美術)
「わすれやすい私、たちへの避難指示」
この実験会では、山田がかねてより制作テーマのひとつとしている「心のダメージを回避するための避難訓練はあり得るか」という問いをもとに、非常時に対する「心の避難訓練 / 指示」についての作品を試作した。
鑑賞空間は、映像を主とするこれまでの山田の作品制作のあり方とは異なり、いくつかの短いテキストを明滅させるだけのモニターや、施設を巡る中で徐々に聞こえてくる音声の重なりなども含めて構成され、その背景となる会場の空間を借景に、展示を立ち上がらせる試みがなされた。
実験会の一環として、鑑賞後には臨床心理士と作業療法士の方々を交えて、「心の避難訓練」は実際に可能なのかについてや、施設空間を歩き回って鑑賞を行うことが精神的・身体的に及ぼす効果について、また紙媒体ではなく映像として流れるテキストの与える影響などについてディスカッションを行った。
2024年7月 実験会05
むらたちひろ(染織)
「一滴の出来事」
実験会では、これまでむらたの制作してきた作品が鑑賞者にとってどのような「距離」(自身との関わり)で鑑賞されうるかを考え、再制作や新たな構成を試みた。また、作品の一部を鑑賞者に事前に送付し、彼らの日常の中で鑑賞体験が始まるよう設定するなどの試みも行われた。
鑑賞を一度終えた来場者には、むらたの普段の展示では行われない、自身の記憶をたどるテキストを配布し、作品背景を知って再び会場を巡るという鑑賞の流れを設定した。テキストの内容には、むらたが日常の中で各地での紛争や避難する人々の情報に触れる様子なども含まれた。
鑑賞後には、そのテキストを呼び水に、作品との「距離」や世界各地で起きる出来事について鑑賞者が自身の記憶や考えを語る場を設け、鑑賞者との「作品をきっかけとした対話」を試みた。
2024年9月 実験会06
吉浦嘉玲(現代美術)
「オープンルーム」
吉浦は、5種類のシリーズ作品と、展示のたびに改訂を重ねるテキスト「コンセプトペーパー」、単独で作品とは呼びきれない多様なオブジェクトを会場に持ち込んだ。
シンプルに作品の配置されたギャラリー的空間だけでなく、会場既存の家具などと組み合わせた鑑賞空間も制作し、作品の鑑賞のされ方の違いを検討した。これらの空間には「コンセプトペーパー」の断片が繰り返し現れ、鑑賞者は移動するたびに吉浦の独特の言葉遣いに出会い続ける。
2階では吉浦が鑑賞者に声をかけ、いくつかの作品が置かれた棚から作品を取り出し、小さなテーブルに置き直す。鑑賞者と共に作品を眺めながら、吉浦はゆるやかに作品の解説を加えたり、雑談をしたりすることで、鑑賞者との対話を試みた。
鑑賞後には、「作家本人が作品空間にいる」ということを意図して行うことについて、また、コンセプトを記述したテキストを断片的に繰り返し配置することについてなど、どのように作品の情報を提示するかを検討し合った。
2024年12月 実験会07
森絵実子(染色画家)
「かた┼ち」
他の参加作家:
趙恵美、酒井稚恵、ETONOVA 吉田愛
撮影:阪下滉成
森絵実子は、描きたいモチーフや扱う布に応じて、染色の様々な技法を用いて制作を行う。近年は、自身の経験や子育ての過程で出会った「十字」というかたちに関心を持ち、たびたび作品に取り入れてきた。「十字をえがく」身体の運びは、生活の中の様々な動きの基礎として日々の活動の中に潜んでおり、その結果として現れる記号や文様を世界各地の工芸や建築などに見ることができる。
本企画では、森の「十字を生み出す身体」への関心から、ダンサーの趙恵美を迎え、鑑賞者にも協働を促すパフォーマンスを交えた実験会を行った。森の十字への関心が表れた作品や、日々の中にある「文様」、それを「纏う(まとう)」ことへの関心を持つ他の作家の作品に加えて、場の案内人としてのパフォーマーの身体、そしてその場を巡り作品に触れる鑑賞者の身体をも含めながら、空間を構成することを試みた。
2024年12月 実験会08
たかすかまさゆき(詩)
「坂をのぼって、坂をくだる」
たかすかは、昨年出版した詩集から抜き出した詩の断片を、自身が過去に撮影した写真や神戸で撮影した写真、近隣で拾ったものや持ち込んだ私物などと共に、会場のあちこちに配置した。
また、設定された1時間の鑑賞時間には、たかすか本人が会場内のあちこちに出没して短く詩を朗読し、読んだ詩を会場内に増やしていくというパフォーマンスも行われた。鑑賞時間の最後には、小さな鳴り物を響かせるたかすかに導かれて集まった鑑賞者らの前で、長めの詩の朗読が行われた。
鑑賞後のディスカッションでは、既に書かれた詩を断片化することについてや、テキストの作品は設置の仕方でどう鑑賞体験が変化しうるのか、また、内容に関してのトリガーワーニングをいつ・どのように行うべきかなどが話し合われた。